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help リーダーに追加 RSS #256 西洋被れ?の”フリーハグ推進運動”におじん激怒す?

<<   作成日時 : 2008/11/25 06:11   >>

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ドイツ文学者、松永美穂さんの娘さん”フリーハグ運動”に感銘を受け大学祭でやり始める。最近は渋谷、原宿に”フリーハグ”の紙を持った若者達が立っているそうだ。



  フリーとは”自由の意であり、無料の意”だそうだ。松永美穂先生も”フリーハグ推進委員会に同調?されておられるそうだが、”おじんは非常に変だと思う。 変なグローバルスタンダード?を無理やりに導入?したいのか?


日本経済新聞11月の20日にドイツ文学者”松永美穂先生が、西洋人の挨拶、習慣である抱擁(Hug)について、可笑しな?独り善がりな?先生の独善的な論理?を誇らしげに、30ページの”プロムナード”と言う貴重な随筆の欄で紹介されているのを読んで、専ら日本人のおじんの頭に、”カチン’と来たものがあった。

            文章を抜粋して紹介します。**************

 @大学生で初めてドイツの家庭に滞在した時、その家の夫婦が夫の出勤のたびにキスをし、夜寝る前には子供達が親に”お休みのキス”をする姿を見て、へえーと思ったものだ。私は自分の両親がキスする姿を見たことが無かったし自分の親にキスしたことも無い。親にキスなんて気持ち悪い、という感覚だった。

 A一度その家のお母さんと私の意見が対立し、仲直りの為に彼女が私を抱きしめようとした事があったのだが、私は抱き締められるのに慣れていなかったので、思わず身を引いて、お母さんの気持ちを更に傷つけてしまった”どうして私を避けるの”といわれた私は反省し、世話になっているのだから自分もみんなに合わせようと決意した。。

 Bそれからは自分の感謝の気持ちをスキンシップで表す事にして、子供の一人のようにお母さんにお休みのキスをし、いよいよ其処を立つ時には家族みんなと固い抱擁を交わしたものだった。あれから既に四半世紀。抱擁に対して抵抗のなくなった私は、仕事で出張するたびに、色々な人達と”挨拶としての抱擁”を繰り返してきた。

 C南フランスでは初対面の女の人から、抱擁だけでなく、いきなり口の直ぐ脇にキスされて、びっくりしたりもした。初めてドイツに留学した時の大家さんも男だったけれど、似たような挨拶をする人で、私が彼との挨拶で、がっしり抱擁し合うのを見て、うちの娘達が目を丸くしてみていた事があった。

 Dそんな娘の一人が大学生になった時”フリーハグ運動”に感銘して、大学祭でやり始めた。フリーハグというのは知らない人(知っている人でもいいけど)と抱擁し合う、という唯それだけの事だ。”フリー”は自由の意であり、無料の意であもあるだろう。

 Eネットで映像を見ていると”フリーハグ”と書いた紙を持った人が街頭に立ち、そばに来た希望者を次々に抱き締めていく。抱き締めあうことでその場の雰囲気が温かく、和やかになっていくのが感じられる。

 Fこの娘は家でも私が疲れた顔をしていると良く抱き締めてくれて、”これが親孝行なの”と言っているが、確かにスキンシップが心を癒してくれる部分はすごくある。最近は渋谷や原宿などにも。”フリーハグ”の紙を持った若者達が立っているそうだ。。。。邪心無く。安心して抱き締め合えるような世の中になったらいいなと。と思う。。。。

                            *********

 以上が、松永美穂女史(ドイツ文学者)の随筆である。 @〜C迄はまともだ。が其処から、D〜Fに一挙に飛んで行く過程が、古い日本人の精神構造?を持つ、滞米生活30年の黄昏おじんには、全く理解に苦しむ所だ。                                   
 松永美穂女史も、書くべき話題に窮し、心ならずも、苦し紛れに、大反論を期待して書かれたのであれば、それなりに納得しよう。が、正気の沙汰で書いたのであれば、 ”チョイトお主、頭が可笑しいのでは?と勘ぐりたくなる。。

 一般的にハグ(Hug )抱擁とはどのような場合、その様な行為をするのであろうか?”愛する人、愛すべき物を強く抱きしめる”、が一般的な定義であろう。が、それ以外には、知っている人と、久し振りに逢って、懐かしい、親密な感情を持った結果、親密な感情の交換の証として、抱擁をするのがハグ(抱擁)であろう。

 又私の経験であるが、配偶者や身内の人を亡くした方の葬儀に参列し、その方を慰める際、言葉で、グタグタとお悔やみを述べる替わりに、唯”I am very Sorry"と云い、静かに、心を込めてハグ(抱擁)する事が、おじんの場合も多々あった。普段では握手する位の、”親密さ”であっても、必然的に、為されるハグ(抱擁)であったが。。。。

 唯単に、形式的に、肉体的な、安らぎを求め、知らない人とでも、スキンシップで温め合う理由が何処にあるのであろうか?世知辛い世の中ではあろうが?若し憂鬱な、嫌な雰囲気の、不潔な格好の男性、女性が、若人、年寄りが、ハグを求めフリーハグの紙を持った人に、ハグ(抱擁)を要求、断られた場合、どの様な結果になるのか?

 ”無視された”と怒り狂って、殴りかかったり、刺したりする事も考えられるのではないか?。。その前に、もっと大切な事は、その様な行為への、気持、必然的な理由も無く、ハグ(抱擁)をする事、いくら自由で、無料だからと云って、無差別に行う事、単細胞のおじんには、どうしても解せない。ハグとはそんなに安っぽい行為であろうかと。。

 昔、おじんが若い頃、”間違いだらけの結婚生活”とか”間違いだらけのOOO”とか、センセーショナルな名前の本が出回った。又いっぱし文化人気取りの人達が、各国の培われた、歴史的、文化的な背景も十分に理解もせず、いや、理解も出来ず?色々なものを、フリーの名の下に、東洋の儒教の国にもたらした。

 ”北欧はフリーセックスの国である”、”ポルノも解禁である”との風潮が、影響受けやすい、西洋好きの島国国民に、刺激的な影響を及ぼした。何時の間にか”ヘアー解禁”で、家庭の、子供まで見る週刊誌に、腋毛から陰毛まで写されたカラー写真が出回って、心ある親御さんはドギマギした事であろう。わざわざ、フリーの名の下に促進されるべき事か?とおじんは云いたい。。。秘め事は、密かに秘めてやるからこそのものではなろうか。。。

 アメリカに長年住むおじんにとって、”フリーハグ促進運動?”とは、全く考えられない。”安直な、安っぽい、鼻紙で鼻をかむ様な”浅薄な行為ではなかろうか!!知らない人に、エレベーター内とか、街角で、手先や肩が、チョッと触れ合った場合でも、”I am Sorryとか、Excuse meとか、Pardon meとか”相手に謝る習慣がある。

  日本から出張で会社の幹部が、アメリカの工場に行く。何度か訪問する度、作業員の女性とも顔見知りになる。親密の証に、工場巡回中、工場の女性の肩をポンと叩いたとする。其れを、何度かの出張の度に、相手の心情も忖度せず繰り返す。 ”俺は会社の幹部だ。偉いのだぞ。工場の従業員も喜んでいる筈だと。全く独り善がりの考えで。。。”周りの従業員もこの行為を、何度か目撃している。

 女性社員が何らかの理由で会社を辞めたとする。暫らくして、彼女は、会社側に”セクシャルハラスメント”で日本からの当該幹部と、アメリカ現地法人を訴える。女性の訴える理由は以下の通りだ。”日本から会社の幹部が来る度に、厭らしくも、肩を何時も叩かれた。”嫌だ!嫌だ!”と思っていても、相手は会社の幹部なので嫌な顔も出来ない。その事は周りの同僚も知っている。それで会社を辞めました。精神的苦痛は計り知れない。”など等と。。

 アメリカの弁護士は、目撃者証言、本人の言葉、などを元に訴訟を起こす。訴える相手は日本法人である。勝訴に持ち込めなくても簡単に和解には持ち込める。勿論然るべき和解金をせしめて。。日本法人も裁判沙汰は好きではないのだから。。この様な事は外国に進出してる日本企業には、残念ながらよく起こりうるケースだ。

 おじんが勤めた現地の会社でも、セクハラ防止の講習会を、弁護士を招いて積極的に行った事がある。要は、”会社内で女性と対応する時は 義理のお母さんに接する様な態度で接しなさいと。これが結論である。”無料で、自由でも、簡単に、他人の体に触れたりしてはいけませんよ”と。

 知らない人の体に、むやみに接触する事は、厳に戒められた行為ではなかろうか?会社内で、こちらが親しき好意を以って、相手の肩に触ったり、手を握ったりした場合でも、相手にとって、その行為が不愉快と感じられれば、其の行為は相手にとって、立派な”セクシュアルハラスメント”となり得る可能性が十分有る国なのだ。

 ましてや、フリーハグ等すれば訴訟にも為りかねない。大学の象牙の塔でも、最近やたらに、セクハラ訴訟で色々な教授が訴えられたり、訴えたりしている。知らない人に対し接する場合は、”義理のお母さんに接するような態度で接しなさい”とは、”云い得て妙なる説明"ではないかと思っていたのだが。。。おじんが可笑しいのかな????

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内 容 ニックネーム/日時
おじん様の思うところは、大概の日本人の反応と思う。夫々の国の歴史的、文化的背景があってこそ、その国の習慣や挨拶の表現は夫々に違う。郷に入れば郷に従えは、その国の文化を尊重し、滞在している間はそこの仕来たりを考慮するのが、礼儀だとは思いますが.日本には古来からの作法がある。今更HUG文化を輸入する事は無い。親子で気持ちが通じ合う為、欧米式でもエスキモー式でもチベット式でもOK。他人同士のHUG運動?町角でプラカード下げ日本人同士が抱き合う姿は喜劇です。他人同士でもお互い抱き合えば気持ちが癒される?そんな薄っぺらに癒されるのなら、この世には大した不幸は無いのだと思う。大学の先生ともあろうお方が、夢見る乙女の様な事をおっしゃる。”安心して抱き合える世の中なれば.”という事は、まだこの国では安心して他人と抱き合える世の中ではないと、先生には認識はあるのですよネ。そんな物騒な事を他人に勧めないで下さいネ。若者よ。HUGして貰わなくてよいから、せめて年寄りには車内で席を譲る位の親切運動でも推進して下さい!前期高齢者の大和乙女からの忌憚の無い意見です。皆さん意見を書いてみたら如何が?
大和撫子
2008/11/26 06:29
大和撫子さん早速のご意見有難う御座います。松永美穂先生がどの様な性格の人か知りません。多分50歳前後の美人独文学者?ドイツ文学”命”?と翻訳の仕事に夢中の大学者と推察。だが一方視野の狭い、独善的、頭でっかちの女性ではないか?と。おじんが40歳前半の頃、東京で、当時の一橋大学教授中谷巌氏の、米国の経営?に関する講演会に出席した事があった。先生も米国で、何年か勉強された経験があり、其れを元に講演をされた。しかし現場を知らぬ独り善がりの知ったかぶりで断定的な内容に納得いかぬ点、多々あり、おじん、何度か起立し、衆人の前で、”アメリカが全てその様ではないと思います””他の州では、このような事もありました”と多々異議を唱えた。若気に至りではあったが。。米国で10年近く実際の工場設立から経営に携わった上での意見を、若さも相俟って、臆せず大先生に、持論を述べた。中谷巌先生からは何の反論も無かった。その後、先生は偉くなられた様だが、おじんの評価は”頭でっかちの大した先生では無い”と今でも思っている。松永美穂先生!大和撫子さんの様な心根で、今後の翻訳活動に励んで下さい。頭脳明晰な先生ですから。
長崎の風
2008/11/27 04:41

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