#352 新刊書二冊 、著作者より贈呈を受け、感謝!感激!

画像
 生粋の博多っ子である演劇プロデユーサー岡田潔氏が描く、昭和30年代の博多の街と人間模様を描いたエッセイ集 ”我が心の博多、そして西鉄ライオンズ” 。現在のJR博多駅に近い博多区末広町界隈のゴミゴミした街の映画館、遊郭と石炭ガラを敷き詰めた広っぱで、西鉄ライオンズ選手に憧れる、野球少年であった新聞配達少年の、日々の生活が情感たっぷりに描かれている。日本の戦後復興期の市井の生活が描かれた一冊。おじんも少年時代に想いを馳せて、あっという間に読ませて頂いた。

画像
 米濱秦英氏の著書 ”ソ連はなぜ八月九日に参戦したか” は第二次世界大戦末期の満州をめぐる中ソ米の外交戦を、克明に、そして明快に描かれている。昭和史の史実にもとずいた、正しい教育を受けていない戦後生まれの日本人は、”今からでも遅くはない”、襟を正して本書を読まれる事を。。。


 何故?突然に、二冊の読書感想文を書く様になったのか?その経緯?は下記の様な次第です。

 今月になって突然、一冊は著作者ご本人から、もう一冊は、全く異なる著作者の兄上から、硬軟?取り混ぜ二冊の著書の贈呈を受けた。 ”我が心の博多、そして西鉄ライオンズ” の著者、岡田潔氏は、演劇企画制作会社”トム.プロジェクト”を立ち上げ、2008年、紀伊国屋演劇賞団体賞を受賞された岡田潔さんだ。

 岡田潔さんとおじんとの接点?は、俳優の風間杜夫さんを通じての、ご縁であった。風間杜夫さんがアメリカで、一人芝居”カラオケマン”をされる事になった。その時の演劇企画会社が岡田潔さんの”トムプロジェクト”で、”誰かカリフォルニアで、一人芝居”カラオケマン”の興業の面倒を見て呉れる人を紹介して呉れないか?”との依頼がニューヨークの知人から有った。

 おじんもカリフォルニアには、その当時、十数年以上は住んで居た。何人かは?其れらしき人達の当てがあった。それ故、”安請け合い”を。。然し、おじんが知っている団体、芸能社、テレビ局に当たってみたが、快い返事はない。”カラオケマン”公演の趣旨が、文部省の海外文化交流の一環であり、営利目的ではない。やはり、儲けのある公演では無いので、その道のプロは手を出さない事が解った。

 時間は刻々と過ぎていくが、興業主不在で、公演の場所、日程の目処が全く付かない。安受け合いした手前、今更、”見つかりませんでした”とは云えない。切羽詰って、ニューヨークの知人に確認した。”興業主は何をすれば良いのですか?”切符を売れば良いのですよ?”との返事だ。貴方でも出来ます!と云われ、即、その気に。

 然し其れからが大変であった。日本のトムプロジェクトの担当者と連絡を取りながら、週末、二日間の公演で、観客が集まり易い劇場探しを行い、切符作成、パンフレット作成、ポスター作成、劇場との値段交渉、そしてテレビの広告打ち合わせ等を決めなければならない。そして最後に大仕事である、切符販売が残された。

 サンフランシスコとサンノゼの紀伊国屋書店、サンフランシスコのレコードショップに切符販売を依頼したり、地域に顔が利く方々に、個別販売をして貰ったりで、やっと如何にか、最低限の数は販売する事が出来た。然し、切符作成はおじんが一人で敢行した為、素人ならではの、大失敗をしてしまった。

 大学に附属している劇場の座席一覧表を、インターネットで調べ、それにもとずいて、土曜日、日曜日の二種類の切符を慣れぬ手付きで、一枚、一枚作成した。合計八百枚以上の入場券だ。がその中でアルファベットの”アイ I”の字の席を作ってしまった。本来は、HからJに飛ぶべき所を、”I”を入れて一列の座席を作成したのだ。

 数字とアルファベットの組み合わせで各席の場所が決まる。”アイ I ”は ”いち 1” と間違い易くスキップするのが慣習であるのを知らず、Hの次に I が存在するモノとして作成。切符をプレーガイドに配達し、販売した後、購入者からのクレームで解った。”私が買った席は、劇場の席一覧表には載っていませんよ?慌てて調べて解った。

 早速切符を取り替えて貰い事無きを得た。幸い二日間の公演そのものは、大過なく実施出来たと、いうより大好評であった。そして週末二日を含んだ一週間は、風間杜夫さん、岡田潔さんとは非常に親密な時間を、サンフランシスコの夜の街散策を含め、持つ事が出来た。岡田さん、風間さんも、ド素人の興業主との興業は初めてで、ただただ、吃驚された事だと思う。

 それ以来、岡田潔さん、風間杜夫さんとは、おじんが日本に行った際は、お付き合いを頂いている。トムプロジェクト岡田潔さんと、共有出来る話題は、平和台球場での西鉄ライオンズ全盛時代の想い出だ。母方の祖父母が、筑紫女学園裏の警固本町に家が有った為、春休み、夏休み、には必ず長崎から博多に行っていた。

 祖父母、我が家も戦後、中国青島からの引揚者だ。祖父母は中国時代、警固本町に家作を何軒か購入していた。それ故戦後はある程度余裕ある生活をしていた様だ。長崎に引き上げた、娘、孫達が食料不足の時代、苦労している事を察しよく呼び寄せて呉れた。そして中学、高校生の夏休期間、平和台球場に西鉄ライオンズの応援に!

 鉄腕投手稲尾サンは、日本シリーズの巨人戦。三連敗後の四連勝で、”神様、仏様、稲尾様”と 神格化されたものだ。豊田選手、中西選手の三遊間コンビは、今考えても夢の様に素晴らしい名コンビであった。そしてその頃の野武士集団の心持は、日経新聞のスポーツ欄で、今でも”豊田評論家”がその高邁な精神を吐露されている。

 岡田潔さん!!”我が心の博多、そして西鉄ライオンズ”をお送り頂きまして、大変有難う御座いました。映画化されたら、是非見たいと思っています。映画のタイトルは既に決まっていますか?もし解りましたら教えて下さい。又風間杜夫さんの一人芝居、"カラオケマン”の東北公演が、東北の人達に、元気と勇気を上げます様に!!


 ”ソ連はなぜ八月九日に参戦したか”の著者米濱秦英氏と、おじんとの接点は全く無い。が、米濱秦英氏の兄上、米濱鉦二さんとは二十年以上のお付き合いだ。カリフォルニアのサンノゼに”リンガーハット店を営業開始された1989年以来のご縁で、"北加長崎県人会”の名誉会長、会長だったコンビで、今もゴルフや会食のお付き合いを。

 米濱ご夫妻は年に数回カリフォルニア見えられている。今回もカリフォルニアの”リンガーハット店”で、ご夫妻と食事をさせて頂いた。その際、この”ソ連はなぜ八月九日に参戦したか”のご本を頂いた次第。その時も、現在の日本政府の中国、ソ連への領土問題に関する弱腰外交を、おじんは、何時もの様に”独断と偏見”で、腐していた。

 ”ソ連はなぜ八月九日に参戦したか”の著者米濱秦英氏が調べられた内容を読めば、米国をはじめ、ソ連、中国の歴代の為政者達の”自国の領土”に対する、したたかで狡猾、そして獰猛?な領土を守る心?と、吾が国の歴代の為政者達の、淡白、そして余りにも幼い外交戦術の差が解る気がする。純粋培養島国根性にも起因?。

  
 激動する今の時代こそ、日本固有の領土を守る為、文部科学省は小学生から大学生迄の、”歴史の副読書”として配賦、日本人の歴史認識の教育の糧とすべきではないか?。そして、現在の能天気な政治家、外交官達にも読ませ、正しい昭和史や国際感覚を育てる教材として、役立つ事が出来る一冊だと思う。

  米濱鉦二さん!ご実弟、米濱秦英氏の著書 ”ソ連はなぜ八月九日に参戦したか”を頂まして、大変有難う御座いました。おじんも、浅薄な知識で独断と偏見を暴露しない様に、勉強したいと思います。米濱秦英氏に宜しくお伝え下さい。ちなみに米濱秦英氏は一橋大学卒後、岩波書店に入社され、文筆活動をされている経歴の方。

 オリンピックの日本チーム、”なでしこJAPAN”と”侍JAPAN?"の活躍や、体操のまさかの落下?に一喜一憂しながら、ロンドンオリンピックを、アメリカのテレビで観戦しています。日本のテレビ放映で、日本人の選手の活躍を詳しく観たいものです。 それでは又

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 1

なるほど(納得、参考になった、ヘー)

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック